「アートブックは、感覚的でいい」。そう話すのは、ひとつの出版社を特集する形で定期的にすべての本が入れ替わる書店「post」を主宰する中島佑介さん。08bookの選書も担当する中島さんを訪ね、話を聞いた。
「08bookは、セレクターである二村 毅さんから挙がるキーワードを軸に選書をしています。それはたとえば、色や素材だったりする。それを本に置き換えるとしたら……と考えています。なので、アートの文脈ではなく、08bookの表現のひとつとして本を捉えています」と中島さん。一般に、アートブックというと専門的で、ある種の知識がなければ楽しめないものだという認識があるかもしれない。
「アートブックをアートの文脈で捉えるというのは当然ですが、僕個人の考えは少し違っていて。たとえば洋服を選ぶとき。素材が気持ちいいとか、シルエットがキレイだなと感覚的に思うこと。アートブックもそれと同様に捉えて欲しいと思っています。知識はないけれど、あるドローイングの本を見て、そこに描かれた線や色がキレイだなと思う。それだけで十分だと思うんです」。
アメリカ・ロサンゼルスを拠点とするドイツ生まれのアーティスト、スターリング・ルビーの展覧会ポスターや作品集。
洋服を選ぶような気持ちで。それは、ある意味で訓練だとも。「洋服を着ることや、食事をする行為はとても日常的で、幼いころからの習慣として訓練されていること。けれど、とりわけ日本においてアートと日常生活には距離がある。アートや本に対しても日常的に触れていくなかで、食べ物と一緒で好き嫌いが出てくるはずなんです。水彩画に惹かれるとか、彫刻が好きだとか。そうやって徐々に自身の嗜好が分かってきて、より楽しめるようになるのではないかと思っています。洋服と一緒ですよね。何度も失敗しながら、自分に似合うものが分かってくるような」。
そもそも、中島さんは根っからの本好きではなかったという。関心のある文化や芸術を総合的に扱えるもの。そんな存在として本の魅力に惹かれていった。「もともと、本屋をやりたいと思う以前に、何かを売るということをやってみたいという気持ちがありました。きっかけは、中学生のころに参加したフリーマーケット。姉のとなりで自分の持っていたものを並べて、お客さんに対して自分の言葉で説明する。それをおもしろがってくれて買ってくれたときに、モノの価値が変化したことがおもしろくて。お客さんに新しい価値を与えられるというクリエイティブさに興味を持ちました」。
オランダ出身のアーティスト、ヘルマン・デ・フリースの作品集。園芸学に造詣が深く、自然をモチーフにした作品を数多く発表する。
そんな原体験からか、お客さんに対して本を薦める際には、本の情報ではなく、その一冊に対して自分自身がどう思っているか、いわば主観的なコミュニケーションを意識しているのだという。「一方的に情報を発信するのではなくて、お互いのコミュニケーションのなかで得られたものに対して、結果的に本を購入するという形で返していただいていると感じています。それは単に知識ではなくて、お店のスタッフが本当に興味のある本について、来てくださったお客さんに自分の言葉でコミュニケートできるかということかなと」。コミュニケーションや体験を提供する。中島さんならではの思考は、さまざまな分野に転換できるかもしれない。最後に、中島さんにとっての“いい本”について聞いた。
イラストレーターであるマッツ・グスタフソンの作品集「SWAN」。80〜90年代にファッションイラストレーションの分野で活躍後、より個人的な作家活動に注力。独特のタッチが美しい。
「とても抽象的な話になってしまいますが、いい本か否かというのは、造りが豪華だったり、印刷が美しいという技術的な話ではなくて、作り手の気持ちがどれだけ入っているかということだと思うんです。それは、本の佇まいに絶対に現れる。結果的にできた本がペラペラの小冊子だったとしても。これは、ほかのどんな分野にでも言えることだとも思います。なので、本当に人間の感覚って優れていますよね。モノを見て、作り手の気持ちまで感じることができるんですから」。
アートブックをもっと身近に、直感的に。08bookもそんな人と本の出会いの場となれたらと願う。
中島 佑介 Yusuke Nakajima
1981年生まれ。2002年に古書店「limArt」をスタート。2011年に出版社という単位で扱う本がすべて入れ代わるブックショップ「POST」をオープン。恵比寿の店舗では常に入れ替わる本棚に加え、ドイツのSTEIDL社のメインラインナップを常設するオフィシャルブックショップでもある。ブックセレクトや展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZAをはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける。2015年からはTOKYO ART BOOK FAIRのディレクターに就任。www.post-books.info
Text: Haruki Kanda (kontakt)